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東京高等裁判所 昭和44年(く)311号 決定

主文

原決定中保釈保証金没取の部分を取り消す。

保釈保証金中金一〇万円を没取する。

理由

本件抗告の趣旨および理由の要旨は、申立人が保釈制限住居に違反したのは自己の責に帰せられるべきものではないから、原決定中保釈保証金没取決定は不当であり、その取消を求めるというのである。

取り寄せた本案記録によれば、申立人は売春防止法違反罪により勾留のまま昭和四一年四月二一日静岡地方裁判所に起訴され、同年七月二日付保釈許可決定(制限住居清水市北脇新田六四三番地、保釈保証金三〇万、うち一〇万円は弁護人足立達夫の保証書をもって代えることを許す)により同月四日釈放されたこと、同四二年四月一四日検察官の請求により同裁判所が制限住居違反の理由で本件保釈取消並びに保釈保証金のうち二〇万円を没取する旨の決定をしたことが明らかである。

そこで、右保釈保証金没取決定の当否について考える。本件記録、取り寄せた本案記録、被告人町田朝是に対する静岡地方裁判所浜松支部昭和四三年(わ)第六七号第一一五号賍物牙保、恐喝、暴行被告事件記録、原告長島真作・被告町田朝是間の静岡地方裁判所昭和四三年(ワ)第四二六号損害賠償請求事件記録、原告長島真作・被告静岡県間の同庁昭和四三年(ワ)第五二九号損害賠償請求事件記録を総合すれば、およそ、つぎの諸事実を認めることができる。すなわち、申立人は昭和四二年一月一七日の原審第五回公判期日に裁判官から次回期日同年二月一六日午后一時の告知を受けたが、正当な理由がないのに右公判期日に出頭せず、同年二月一七日第七回公判期日同年三月二九日午前一時の召喚状の送達を受けたが、正当な理由がなく右公判期日にも出頭しなかったのみならず、同月二〇日頃制限住居である清水市北脇新田六四三番地の自宅を出て住居の制限に違反し静岡市、清水市、磐田市内の知人、親戚方を転々し、同年六月上旬頃名古屋市方面に逃走したこと、弁護人足立達夫は京都府福知山市に転住のため同年三月二七日弁護人を辞任したこと、他方、申立人は当時妻長島博子名義で金融業を営んでいたが、その手伝に雇っていた町田朝是が同年二月一九日前記制限住居において申立人に暴行を加え、同月一八日頃から同年三月一一日までの間数回にわたり右申立人方に押しかけ給料のことに因縁をつけ申立人夫婦を脅迫し同月一一日頃前記長島博子から現金三万円を喝取し、引き続き申立人方、長島博子の実家長島はな方において申立人夫婦を脅迫し同月一六日額面九万円の約束手形を喝取し、その後も申立人を追い廻わしていたこと、申立人夫婦は同年三月一八日右暴行恐喝事件につき前記町田朝是に対する告訴状を清水警察署に提出し、右町田の逮捕方を要望したこと、同警察では同日申立人らが同行した多々良賢司、神保俊夫並びに長島博子を取り調べただけで、右事件につき積極的に捜査を行わなかったこと、申立人は前記第七回公判期日の前日である同年三月二八日前記被告事件の審理を担当していた同裁判所岡本裁判官宛の手紙を自ら同裁判所に届けたこと、右手紙には前記告訴状写を同封し、前記町田がチンピラを連れて毎日のように自宅や親戚方まで押しかけ、申立人を脅迫し、清水警察署に告訴状を提出したが、警察はいっこうその処分をしてくれず、安住の地もなく困っている、公判の日には町田らが裁判所で待ち伏せて仕末をつけてやるといっているので、公判期日を一、二日変更して町田らに公判期日が判らないようにして貰いたい旨記載され、申立人の住居は静岡市大谷二、一三〇の四長島はな方(長島博子の実家)と明記されていること、原審は前記第七回公判期日に被告人、弁護人が出頭しなかったので、公判期日を追って指定することとし、同年四月一四日司法警察員作成の捜査報告書を疏明資料とする検察官の保釈取消の請求により、原審は本件保釈取消決定をしたことなどの諸事実が認められる。これらの事実からみれば、申立人は少くとも、前記第七回公判期日に出頭する意思をもっていたが、偶々弁護人は辞任し、前記のように、町田らが裁判所で申立人を待ち伏せていることが予想されたので、右期日の前日に公判期日の変更を求めたものと推認される。もっとも、申立人として、住居変更の許可を申請し、その後も裁判所に連絡すべきであったといえよう。しかし、前記のような事情のもとで、とくに弁護人が辞任したのであるから、法律的知識の乏しい申立人が前記のとおり、警察に告訴をし、裁判所にも一応の連絡はしている以上、適宜な手続を採らず制限住居に違反したことについて申立人を一概に非難するのは酷に失するものといわなければならない。従って、右の諸事情を斟酌すれば、原決定が保釈保証金二〇万円を没取したのは聊か酷に失し、その金額を軽減するのが相当である。この点において抗告は理由がある。

よって、刑訴法四二六条二項九六条二項により主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 関谷六郎 裁判官 寺内冬樹 中島卓児)

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